イクジイストーリー


愉界創造 さん
東京都
60代 孫4人人  

ぞうさん、ぞうさんおはなが長いのね。きのうは、孫たちのところに、少し早いですが、入園のお祝いと、お土産を持って、一泊で出かけまいたが、三歳の孫のくーちゃんは大喜びでした。
「くーちゃん、おじいちゃんと遊んであげるね」と言って、次々に、おもちゃを待ちだしてきて紹介してくれました。 
だいぶ前に買ってあげたシルバニアファミリーで、おじいちゃんうさぎさん役として、 いろいろなファミリーの一日に登場させてもらったり。  メロディ入りの童謡絵本を開いて、「くーちゃんが好きなのはこれなんだ・・・」 「一緒に歌おうね」というので、一緒に「ぞうさん」「おつかいアリさん」「ひな祭り」の歌などを一緒に歌っているうちに、こんどは、「もう一回、くーちゃんと歌ってね。」 いつの間にか、踊りというか、お遊戯というか、ぞうさん や ありさん になりきってきたようです。振付入りになってきたのでした。 「ぞうさんのおはなはもっともっと長いの」 「楽しいね。」「そうだね。」 ふたりとも汗をかいていました。 久々に童心に返って案外おじいちゃんも愉しんでいたのでありました。


野良吉(古賀信行) さん
北海道
60代 孫いない人  

育爺の経験はまだありませんしかしながら育爺の趣旨、構想には大いに賛同共感できます育爺は素晴らしいネーミングだと思いますソフリエも大変気に入ってます子育てが終わり、これから子孫に何を伝え、何を残すべきかを考え併せて、地域に何をすべきかを考えたときに、極めて大切なことだと思います是非、参加させてください


ひげ爺 さん
兵庫県
60代 孫人  

私が支えているお母さんからのメールです。「ひげ爺様お久しぶりです。先月、娘が3歳半で卒乳しました。おっぱい大好き娘でしたが本当に卒乳しました。「パイパイのこと、大好き。さよならじゃなくてもう飲まなくなっただけだよ」とおっぱいに向かってずっと話しかけていました。娘とおっぱいは親友だったので^^

母の育児に翻弄されて、娘の生後数ヶ月、フラッシュバックで何度も情緒不安定になり、娘に八つ当たりしてしまい自己嫌悪に陥ったこともありました。娘にも申し訳なく、私自身とても辛い思いを何度もしました。

ひげ爺様のブログに支えられました。今彼女が3歳半になって振り返ると、やっぱりシンプルが一番、ということでした。シンプルにすればするほど、私から娘への愛情がくっきりと浮かび上がるかのようです。

小さなひとに必要なこと…おっぱいと抱っこにおんぶ、絵本だけかもしれないと思うぐらいです。ひげ爺様の仰る通りでした。それをしていくと、その先も子どもが全部必要なことを教えてくれるように思います。一時事情があってテレビを見せたことがありましたが、やっぱり良くない。娘と私の心がどんどん離れて行くように思いました。ひと月前からきっぱり辞めました。

代わりにお手伝いをしてもらい、一緒におやつを作り、公園に遊びに行き、ドングリ、石、大きな葉っぱ、落ちてる花びら、棒きれ・・・そんなものを探して歩いては拾って家に持ち帰る毎日です。しかも裸足で公園内を走り回っています。家でも紙、粘土、のり、セロテープ、折り紙を使って何かを作り続けたり、ぬいぐるみとごっこ遊びをして、寝る前には絵本を何冊も読み聞かせ、私の創作話をせがんでくれます。

子どもに必要なのは最先端のおもちゃでも、母親を楽にした気にさせるベビーカーでもないなあと思う毎日です。

娘と公園に行き、一緒に遊ぶ。帰ってきて簡単な夕飯を食べて、お風呂に入り、絵本を読む。楽しくてしょうがないです。子どもは本当に宝物だなあとつくづく思います。
ひげ爺様のブログに随分と助けて頂きました。本当にありがとうございました。辛い時にはブログを読んでいました。友達に「いい加減にベビーカーにしたら?腰痛めるよ」と言われたり、「まだおっぱいあげてるの?」と姑に言われたり。でも、気にせずに続けてこれたのはこのブログのおかげでした。

母親と確執のあった私でも、シンプルにすればとても楽しく子どもと毎日過ごせました。これからも迷える母親にとって救いの灯りとなっていただきますよう、悩んでいた母親の一人としてお願いします。」

多くの親が爺のメッセージで救われたと言ってくれます。ありがたいことです。3年前から、兵庫県・篠山市の古民家を利用して悩める親の相談を受けています。また全国を「ひげ爺の子育て辻説法」で行脚しています。今年は石垣島から北海道まで行きました。待つのではなく出かけることも大切です。


ノンチ さん
千葉県
60代 孫2人人  

2011年夏休み、私は生まれてはじめて、学童保育の補助員アルバイトを22日間勤めました。初日小学3年の男子に、「かけっこしよう」という誘われ、炎天下ではりきりすぎて、すっかりもばてました。その夜、彼のことを心配しましたが、翌日の彼は、「けろっ」としていました。子どもたちの体力は、私よりはるかに上でした。炎天下での毎日のドッチボールは、小学1年と2年と3年の30名で練習しますので、1年生は苦手そうでしたが、なんとか頑張りました。そして、8月末に17か所の学童保育所全体のドッチボール大会があり、私の勤める学童保育所が優勝しました。毎朝の床のぞうきんがけを子どもたち全員でした後、夏休みの宿題で分からないところを巡回して指導しました。夏休み最後の頃の、読書感想文の指導は、本当に一緒になって試行錯誤しました。将棋を知らない小学1年生の男の子がいました。中途半端で落ち着きがないため、みんなによく泣かされる男の子でした。その子に落ち着いて将棋を何回か指導ました、最後には、「先生に王手まで迫れたのはすごい!筋がいい!」と褒めました。少し集中力が出てきたようです。一輪車乗りをマスタする女の子のために、私の手を手すりのように活用して、上手に乗りまわせるようになりました。蝉・糸とんぼ・カブトムシ取りの応援で、肩車を何回もしました。小学1年生の女の子とのままごと遊びでは、「カファエオレ」と注文すると、ブロックの黒と白で本物らしく作りストローはエンピツです。とても創造力に満ちていて感心しました。楽しかったアルバイトが終わり、私は、9月2日から千葉労働局の「チャイルドヘルプ」講座を受講し本格的に保育の学習をしています。受講後、11月25日に合同面接会にて、学童保育への就職をめざしています。就職できない場合は、冬休みの学童保育の補助員バイトを申し込みます。

孫は2歳と4歳の女の子です。今も楽しく遊んでいますが、将来、学童になった時、また小学4年生以上になった時、夫婦共働きの娘と子ども(孫)のために、イクジイマインドをしっかりと身につけたいと思います。

今朝(2011.9.4)の読売新聞に、「被災地の子どもたちに、みこしをかついでもらうんだ」。と気仙沼の小学生29人を9月17日に招待するスカイツリー(東京都墨田区)前の山室さん(79:医師)・長谷川さん(62)・山本さん(72)たちの記事が掲載されていました。とても感動的なイクジイ活動だと思います。私も将来、この方たちのような好々爺になりたいと思いました。


ツカジイ さん
東京都
60代 孫4人人  

お嫁ちゃんは今悪阻で、夕方が特に辛いので、預かれる時でいいので、次女を預かってほしい、と頼まれている。
この頼まれている次女ちゃんは、人見知り真っ最中の11か月・・・・。
ようやく私には慣れたものの、逆にいうと、ピタと私にくっついたきり、ほんの一瞬も傍を離れられない。バギーに乗っている時以外は、だっこしているか、オンブするか、床において遊具で遊ばせようとしてもちょっとでも離れようとすると、泣きだしてしまう。体を離そうとした時だけでなく、気持ちの上でも他に私の気持ちがそれると、泣き出してしまう。
ようやく寝てくれても、そうっと傍を離れようとすると、ウワっと目覚めて泣いてしまう。
パパである息子のお迎えを心待ちにする気持ちは、次女ちゃん以上の心境になり、お帰りいただくころは、すっかり疲れ果ててしまうのが常である。4人のお孫ちゃんの中で、ナンバーワンの「難物」である。

その次女ちゃんに「イクジイ」挑戦しようというのだから、ずいぶん無謀な企みではある。何しろ、自分の子育ての時は、ほとんどイクメンをしていないのだから。
無論一人では無理で、私とコンビが組める時でないとダメなので、二人の日程を合わせて、お嫁ちゃんに連絡をする。

先日一回目の「イクジイ」体験!
30分で放り出すかと思ったが、一応オンブしたり、食べさせるのを手伝ったり、1時間は持ちこたえた。次女ちゃんも思ったほどジイイを嫌がらず、思ったほど激しくは泣かない。

無論「飽きた!」といったあとの2時間半は、私が全面的に引き受けたが、まあ今までの彼の育児体験からすると、60点はあげられるか。
懲りずにまた来週挑戦する、というのだが、どこまで頑張れるか、お楽しみというところである。


福井正樹 さん
鳥取県
50代 孫いない人  

子どもたちが大学生になり、わが家を出たころ。
地域の小学校の6年生の授業を毎年2時間続きで受け持つようになった。
題材はいつも同じ。「生きるって・・・?」というものである。
実は私は、10代後半の頃、とても荒れた生活を送っていた。暴走、喧嘩、窃盗、恐喝、クスリ・・・。家にも帰らず、深夜の街を毎晩徘徊し続けた。
でもその頃、ずっと感じていたこと。このまま続けるか?終わらせるか?
終わらせる方法はたった一つ「死」である。
でもそのころ突き詰めて考えたのは、「生きるって・・・?」ってこと。

この頃の私の感じたこと、考えたことを小学6年生にずっと話し続けている。

涙を流しながらじっと私の目を見つめて聴いてくれる子どもたちがいる事が嬉しい。
あんな反社会的な、非社会的な生活が、自分が、いまここで少しでも次世代に役に立つことが無上の喜びである。